よく見られたいと思ったら

意識

よく見られたいと思ったら
 人は、何かをする時に、多くの人から、なるべくならよく見られたいと思って行動すると思います。ほとんどの人が、他人から変な人に見られない様にとか、否定されない様にとか、罵倒されない様にとか、仲間はずれにならない様になどと、場の雰囲気をいろいろ読んで、それに合わせたり、なるべく良く見せようと策を練ったりすると思います。そして、結果的に、それで上手くいったように見えたら、一応これで良しとすると思います。この様に、場に合わせるということは、日本人が得意なことかもしれません。しかし、自分の本当の気持ちで話したり、行動したのだろうかと、あえて自問してみると、実はなんとなく周りの雰囲気や大勢の意見などに合わせただけで本当に言いたいことは言ってなかったことに気付くことがあると思います。
 私達が、”自分は本当はこう思う”ということを、お互い正直に、ストレートに話し合ったら、社会活動全体はどの様に変化するのでしょうか。たぶん、物事が進む速度がもっとゆっくりとしたものになる様な気がします。もしかしたら、その方がいいのかもしれません。また、それでいい様な気がします。そしてそれがまともなことなのかもしれません。では、なぜ、「いついつまでに必ず仕上げろ」とか、「なるべく早くしろ」とか、「これで必ず通せ」とか、半ば強制的に物事が進められるのでしょうか。そして、なぜ自分の本心を抑えてまで、それら強制的なことを受け入れてしまうのでしょうか。
今、世界のほとんどの会社は、SDGsを半ば強制的に進めていると思います。なぜでしょうか。なぜ、こんなにも一律的に始められるのでしょうか。私にはなぜ唯唯諾々とこんなにも多くの人達が受け入れるのか不思議で仕方がないのです。ある会社の社長は、物凄く怖い顔で、「これしかないからな」と役員向けに言っているのを聞いたことがあります。「中身なんか関係ない、おまえの意見など関係ない、いいから、とにかく進めろ」という感じでした。私は、こういうのが一番苦手です。逆によく調べてみたくなります。なぜなら、何が動機であり、それを進めたらどうなって、誰が恩恵を受けて、どんなメリット・デメリットがあり、それはどの様な影響を将来的に、特にどこに与えるのかということが非常に大切だと思うからです。何でも盲目的に従ったら、場合によっては、とんでもない事に加担することになるかもしれません。まさに、この二年間がそうでした。いざとなって「知らなかった」が通用しないかもしれません。つまり、罪に問われるかもしれないということです。
今までは、どこかの誰かが勝手に決めたことを、各国の政治家、官僚、企業のトップ(ほぼ全員仲間か役者と思われます)がその施策をトップダウンでしてきました。しかし、今回のWHO総会でそれが崩れる様なことが起きました。今回この様な事になったのは、私からすると当たり前なことなのですが、なぜならそれは、各国の主権をWHOに渡せみたいな事を言い出したからです。アメリカの偽大統領と言われているバイデンさんが提出した案だそうです。想像するに、彼が考えたことではなく、シニア エグゼクティブ サービスの様な身分が保証されている官僚あたりが作成したのだと思います。一体誰の命令なのでしょうか。しかし、それに対する反発が凄いものだった様で、中国、ロシア、アフリカ諸国はほぼ反対、ブラジルのボルソナロ大統領は、これ以上強制的ならば、WHOを完全離脱すると言いました。これが、自国民を真剣に考えた為政者の姿だと私は思います。我が国の首相はどうだったのでしょうか。
もしこの案が総会で承認されてしまったら、WHOの判断で、ロックダウン、ワクチン強制接種など、やりたい放題になってしまいます。これではますます、どこかの誰かがほとんどのメリットを享受するだけで、他の人達は、多大な被害を被るだけです。
この様に、”なんとなく周りがそうだから”とか、”トップの命令だから”とか、”よく分からないけどこれを推進して成績を上げたら出世できる”とか、そういうことを安易に続けるといかに危険なことになるかが分かると思います。しかも気がついたら、自分の首を締めることになっているかもしれません。つまり、「知らなかった」で済まされないかもしれないということです。
だから、自分の心の声に従って、今からすぐにでも行動しないと、今後ますます、余計に辛いことになるかもしれないのです。なぜならば、”まったく自分軸でないところで、日々生きていくことになる”からです。落とし穴に誘導されるかもしれません。でも、何を選ぶかは個人の自由です。自由意志と選択の自由があります。しかし、その選択次第で、次が楽で愉しい日々を送れるのか、今と同じ様に働いても働いても何となくいつもギリギリでやってる感じが続くのかが決まるのだと思います。
世の中には、”他の人の自分軸を外そうとする罠”がたくさんあります。強制、脅迫、恐怖、不安、全否定などがそれです。ほんの一部の人達は、人々や社会が混乱するのが分かっていて、意図的にそれらを次々に仕掛けてきます。それに従ってしまう人達も、意識的なのか無意識なのかは分かりませんが、たくさんいるのも現実です。だから、私達がその様な画策などに気付くかどうかは非常に大事なことだと思います。
また、それらの画策などに、ようやく気付き始めたそんな時に、「そんなこと言ったって食うためには仕方がない、この仕事を失ったら大変だし、そんなことより、なんでもいいから、生活を安定させなければならないのが先」などと自分で思ったり、パートナーに言われたりすると、行動を変えることに踏ん切りがつかず、なかなか次の一歩を踏み出せなくなるのではないでしょうか。そして、自分の中で、いろいろなことを天秤にかけることになり、葛藤に苦しむかもしれません。この様な状況に陥ると、対処の仕方に悩むことになるります。そのときの判断次第では、次の自分や家庭、社会的地位などが大きく変わるかもしれません。
 私は、自分でよく分からないことや、テレビでしきりに煽る様な事は、一度立ち止まって、よく考えた方がいいと思います。今は、特にそういう時だと思います。
先日のWEFでも、出席者の発言を聞きましたが、驚きの発言ばかりでした。わざと自分達の酷さを暴露しているのかと思うくらい噴飯ものの発言ばかりでした。何か、”早くみんな気付いて”と言わんばかりの異常な発言が続きました。WEFの代表は「未来はここにいる人で決める」と言い、ビッグファーマ(ファイザー)のCEOは「来年までに人口を半減できる道筋はついた」と言い、通信会社のCEOは「何年までに全ての人にチップを埋め込むから、スマホを持つ必要は無くなる」と言いました。既に日本でも、犬などにチップを埋め込むことが義務化された様です。
これらの発言は、まるで、他人の意向や了承などは存在しないかの様な話の進め方です。これらの発言者達は、逆に、”もっとよく見られるように工夫すれば良かったのに”と感じさせるくらい、お粗末極まりないものばかりでした。
人は、自信がないときには、言動・行動がチグハグなことになりがちですが、この様に、変な自信があるのか、焦っているのか、ヤケになっているのか分かりませんが、その様な時にも、同じ様にチグハグというか、とても異様な感じになり、あまりよく見られないものになってしまうのだと思いました。
つまり、どちらも”静心状態ではない”ということなのだと思います。
要するに、お互い、自分の心の声に従った言動・行動をした方が、時間はかかっても、結果的に多くの人が納得できるところに収まるのだと思います。そして、本当によく見られたいならば、よく見られる様にいろいろ画策するのではなく、逆に、自然体である、自分の心の声に従って、丁寧に話したり行動すればいいのだと思います。静心を保ちながら言動・行動するのがすべてにおいて肝要なことなのではないでしょうか。

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