思考の固まり具合

意識

思考の固まり具合
 人間は、ある事に対するやり方に慣れてしまうと、それを何となく続けてしまう傾向があるのではないでしょうか。
例えば、仕事のやり方を自分なりにいろいろ考えて、それで、ある程度問題なくやり過ごせていれば、そのやり方を変えようとは、なかなかしないと思います。何となく、上手くいかなくなってきたり、問題が起きた時に、初めて、他のやり方を考えたりするのではないでしょうか。
 思考が固まると、制限下の中で生きていることに気が付きづらくなるのだと思います。だから、制限を解除して思考を広げる為に、大なり小なり、きっかけになる事が起きるのかもしれません。それが起きた時には煩わしく感じても、後になって考えたら、今の自分に到達する為に必要な事だった、などと気付くかもしれません。たくさんの”後様”がヒントを出してくれているのかもしれません。”こっちだよ”という感じでです。それは、今日会った人との会話にあるかもしれません。いろいろな所に、ヒントが隠されているのだと思います。それに気づくかどうか、それもその時なのか、しばらく経ってからなのかは分かりません。その人のタイミングがあるので焦らなくてもいいと思います。
やはり、私達は、うまく行くことばかりだと、気づきを得られないし、成長しないのかも知れません。なので、あるがまま、なるがまま、でいいのですね。それを受け入れる事が大切なことです。
もちろん、今言ったことは、表面意識の場合のことを言っています。本質的(魂的)には、毎瞬の判断に、間違いはないそうですから。つまり私達は、目の前に起きている事をまずは受け入れて、淡々とこなせばいいのかもしれません。これが、あるがまま、なるがままを受け入れるということです。そして目の前の事象を、自分はどう感じるのかを認識することで、自分のバイブレーションがどのレベルにあるのかが分かるのだと思います。レベルといっても、優れている、劣っているということではありません。今の自分の位置のことです。だから、意識的に行動することは大切なのです。
私達は、毎日の生活の中で、表面意識(エゴ)で、こうしたい、ああしたいと考えます。その表面意識で考えたことが、全て上手くいったら、どうでしょうか。満足感で満たされるでしょうか。たぶん、何か違うなと感じたり違和感を感じて、落ちつかない人もいるのではないでしょうか。何かが違うと感じたり、気力が落ちて鬱々したら、それは、自分の本質(魂)が計画してきたものではないというサインかもしれません。満たされ感を持って進んでいるのなら、それでいいのだと思います。そして、しばらくしたら、また、課題に挑戦となるでしょう。
しかし、表面意識(エゴ)で思ったことを、何がなんでも無理やりにでも、うまくいくように、あらゆることを画策する人が出てきます。思考が固まるとそうなります。そこには、調和の思考がありません。これが不調和の想念を増大させながら進むやり方なのかもしれません。本来調和的な私達の本質と、表面意識がズレたところで行っている事だからです。なので、何か違うと感じたら、路線を変更して、本当はこう思うという心、違和感を感じないことに意識を向けた方が、本質的(魂的)には計画通りで調和的になるのだと思います。そして、その状態で行っている事こそが、その内容が何であろうと計画してきたことなのだろうと思います。違和感なくやっていることの中には、あえて、”こんな役回りをする”と決めてきたこともあるのかもしれません。それは、”敵役”とか、”悪役”とか、そんなのもあるかもしれません。実際に、自分にとってその様な人がいなければ、貴重な経験ができないですから。私も、昔、これは間違っていると思った人を、”何の違和感も持たず”、きつく責めた時がありました。相手から見たら、”敵”と感じたかもしれません。誰にでもある事だと思います。今の私は、この様な態度は取らなくなりました。自由意思の尊重と選択の自由が少しは分かりましたから。
 また、表面意識で考えたことが、不調和な想念を持ちながらでも、上手く行っている様に感じられる状態が続くと、思った通りにいっているから、多少他人に迷惑がかかるのは仕方がない、という様に思考が固まり、他のやり方、考え方が入らなくなってしまうと思います。実は、真に満たされることがないから、そんなことをやり続けるのだと思います。この様な状態の人には、何を言ってもなかなか通じないかもしれません。他人より先んじたい思いが強い人や、勝ち負けに強くこだわる人、学歴、出世などにこだわりが強い人はその傾向があるかもしれません。いわゆる、エゴが強いという人です。でも、誰もがその様な思いを持つときはあると思います。その思いが高じて、絶対的権力を本気で望むまで行ってしまったら厄介な人になってしまいますね。しかし、そういう人達が実際にいるから困るのです。その困った人達の忠実な手下を演じている人達が次第にはっきり見えてきました。カナダのトルドー首相は独裁を隠そうともしてません。フランスのマクロン大統領、日本の岸田首相、小池知事、竹中平蔵、欧州議長のウルスラさんはその代表でしょう。例をあげたらキリがありません。彼らは余程追い詰められているのかもしれません。なりふり構わずになってきました。
この様な人達は、自分の本質と表面意識の差が大きくなってしまった状態です。これはキツイと思います。心に嘘をついている状態です。エゴが大勢を占めている自分になっていて、思考の固まり具合がガチガチになっているのでしょう。なので、気がつくべきものに気がつくまでやり続けるのかもしれません。誰も代わりをやってくれません。それは、”撒いた種は自らが刈りとらなければならない”という「宇宙の法則」があるからです。つまり、自分の本質に気づくまでずっといろいろな経験をし続けなくてはならないということです。表面意識と本質の差を無くしていくことです。本当の自分というのを思い出すということです。そのズレの程度、開き具合が、一人一人のバイブレーションの違いなのだと思います。
今は、どの辺でしょうか。これも、あまり気にしすぎない方がいいかもしれません。でも確認の意味で、こういう見方をする今の自分はどこら辺か、たまに意識してみるのも良いかもしれません。特に今意識するといいかもしれません。それは、いま世界で起きていることは、気づきのきっかけとしては、今までで一番大きなものかもしれませんから。
私達の本質は、元々大元と一緒です。本当は、完全調和なのです。愛と調和です。

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