人を生かす経済

社会

人を生かす経済
 今の経済はどの様になっているのでしょうか。大量生産、大量消費、無理矢理需要を作り出している会社はたくさんあるのではないでしょうか。それは収益をあげ続けないと存在意義が問われるからです。本当に存在意義とはそこが重要なのでしょうか。また、人は本当にこの様な働き方をしなければ生きていけないのでしょうか。
しかし、一方で、他人を働かせるだけ働かせて、優雅に暮らしている人もいます。なぜかその人の肩書きが、その様な暮らしをしても当たり前の様に周りに思わせているのです。誰がそんな肩書きを作り、権威を持たせたのでしょうか。もうその様な幻は要らないと理解できるくらいに、人間は長い間お互い痛い目に遭いながら、いろいろ学んだのではないでしょうか。
因みに、今まで、長い間続いている人間社会の構図は、以下の様な感じだと思います。
それは、Aグループは権力・権威を独占しながら命令を配下に出し、その下のBグループは、命令に基づき、企画立案をして具体的指示をその配下に出し、Cグループは各業界の世界的取りまとめ機関で、世界の各業界へ指示を出し、Dグループは各国の経済界、大企業で、政治家、官僚へ指示、Eグループは一般大衆で、何十億人もの人々で、いくら働いても他のグループに収益を吸い上げられてしまっている人達です。Eグループの人達は、この様な構図が強固に出来上がってしまっているので、なかなか余裕のある暮らしが出来ずに困っているという、この様な構図です。要するに、私達は”どこかの誰か”に通貨発行権を奪われて、税金や社会保険料と称する”どこかの誰かにだけ利する制度”で、一生懸命働いて得たお金を巻き上げられ続け、否応なしに、お金に縛られてしまう構図が出来上がっているということです。これを正そうとする人は消されてしまいます。名前を挙げるのはやめておきます。一体、人間は何に錯覚してこんなことを繰り返し続けてきたのでしょうか。それは、肉体を本質と錯覚しているからなのです。この話は度々していますのでここではやめます。
つまり、ある人達は、肩書きは社会的に尊敬を受けるとされているものを持ちながら、やっていることはならず者と同じだということです。だから肩書きに惑わされてはいけないのです。その様な人達の動機を見抜く力を持たないと、これからも今までと同じことを繰り返してしまうのだと思います。それは、王族だから、皇族だから、政治家だから、官僚だから、世界銀行総裁だから、中央銀行総裁だから、銀行の頭取だから、大企業の社長だから、医者だから、弁護士だから、有名人だからなどの肩書きに惑わされてしまうと、これからもっと制限された世界で生きることを強いられることになるということです。その様な人達の中には、やっていることが、ならず者と何も変わらないにもかかわらず、お咎め無しという人もたくさんいる様です。私達は、この様な人達には、なるべく近寄らない方がいいのかもしれません。しかし、本当にこのままでいいのでしょうか。仕方がないとしてもいいのでしょうか。
たぶん、この様な自称エリート達に、「この方が調和的じゃないですか」と言っても聞く耳を持たない人が多いと思います。なので、いつも私が言っていることですが、「そちらじゃないですよ、辛くはないですか、あなた方に光と安らぎを」とお祈りするのが効果的だと思います。本気で言ってます。大元(神)の思いは、共存、共栄、共生で、一人も取り残さない、ということだからです。いつまでも錯覚して、分離、差別感などを持っている場合ではないのです。
今まで長く続いてきた経済のあり方は、人を生かすものだったのでしょうか。武力で奪い取ったり、脅迫、騙し合いなど、誰かを犠牲にして成り立ってきたという現実は否定できません。昔からそうだったから仕方がない、人間とはそんなもの、としてしまうならば、絶対に平和にはなりません。この不調和な想念で満たされている人達は、ただ日々を仲良く暮らしているだけの人達を巻き込んで、殺したり、奴隷にしたり、弄んだりして突然不幸にしてしまうことをどれだけ繰り返してきたか。王族、皇族、特権階級などはもういらないのではないでしょうか。なぜなら特別なんてものはないからです。これらは分離・差別感を醸成します。その様な人達を、なぜ敬ったり、特別扱いをするのか、一人一人がよく考えてみる必要があると思います。そうしたら、何かしら、そのおかしさに気付くと思います。
私は、この特別、特権、階級を維持するために、誰かが犠牲になる方がよほどおかしなことだと思います。その人達の見せかけの品の良さなどはまやかしだということは、もう既に、たくさんの人達が見抜いているのだと感じます。
私達は、結果的に権力を持たせてしまったこの人達に、どの様な扱いを受けて来ているのでしょうか。
人は権力を持つとすぐに傲慢になります。役得を考えて、役損のことは考えません。そして徐々に自分達のサークルを作り、全てを思い通りにしようと画策し始めます。それが長年続き、権力などを維持する為に創り出したあらゆる組織が、世界中に網の目の様に張り巡らされています。それは巨大であり、自覚がないうちに自分も関係していたりします。冷静に見てみると、分離、差別が元になっている組織構造です。お金を支配する、食糧を支配する、エネルギーを支配するなどの発想をして、自分達の影響下におき、仲間以外を支配下に置く発想を持ち、それを当たり前のように実行し、他を見下したり、差別したり、分離感満載の方々なのです。人は油断すると、気が付かない内に、その様な偽我で生きている人達と同じ考えの元で行動してしまいます。だから、痛い目に遭ったり、辛い目に遭ったりするのです。なぜならば神の法則にないことをしているからです。法則は、共存、共栄、共生という調和的なものです。不調和な思いに基づいて行動すると嫌な目に遭うのです。それは、神が”そちらではない”と知らしめているのです。
いずれにしても、すべての人を生かす経済にするには、通貨発行権、社会保険制度、税制などの見直しと、特別、特権、階級の見直しをしなければならないと思います。それが実現するに従って、世界は平和になり、人々の暮らしは、ゆったりとした豊かなものになると思います。なぜなら、誰々は特別であるなんてものはないからです。仮想、幻想です。これは、かなり甘い罠ですから、私も本当に気をつけてます。私達はもっとやりたいことを、やりたい様にしませんか。少し前に、海外でデモの時に見かけたカードに書いてあった言葉が印象的でした。それは、「DO NOT COMPLY」です。その通りだと思います。

 今回は、かなり異論のある方が、たくさんいらっしゃると思いますが、これは私の意見であり、フィルターのかかった思い込みです。なので、耐えられない方はスルーして頂ければと思います。

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