共存・共栄・共生
私は、世界が平和になるためにはどうすればいいのかということを、今まで、いろいろな人達と度々話してきました。その際、私の意見として、私達一人一人が、共存、共栄、共生を意識することが大切ではないかと言った時に、それらの人達のほとんどから、そんな事をしても平和にするのは不可能だと言われました。その人達の理由を聞いて、私も四十代までは、そんなものかもしれないな、仕方がないのだろう、人間の本質とはこんなものなのかもしれないな、などと思って半分諦めていました。しかし、これに納得しているようでは、一部の人達の欲望を満たすだけで、いつまでも争いが続いてしまい、絶対に平和にはなりません。そして今は、共存、共栄、共生は可能だと考えが変わりました。
共存、共栄、共生を不可能と言う人達の理由は、こちらがそれを望んで真面目に実行しようとしても、必ず、どこかの誰かが前へ行こうとする、つまり、権力を握りすべてを支配しようとする、だから、出し抜こうとして争いが起きる、そういうものが人間だ、その時に無実の人々が被害を受けるので、それをプロテクトする為に最強の武器を持たなくてはならないという理屈です。これを言う人の中には、いわゆるスピリチュアルの世界で有名な方もいます。私は直接話したことはありませんが、スピリチュアルを理解した上で、本を出したり、講演をしているのでしょうが、私は、この人は偽我の理論に完全に乗っているのではないかなと思いました。この理屈を受け入れるのなら、必ず争いが起きて、共存、共栄、共生は絶対不可能になると思います。なぜ、この様な理論を受け入れるのでしょうか。それは、私達人間の本質を肉体と思っているからかもしれません。
もう一つ、別の理由として、人種、言葉、慣習などの違いを挙げる人が多かった様に思います。肌の色、見た目、慣習など、お互いの違いや、未知なことを過度に不安視したり、偶発的に暴力事件が起きたり、またはどこかの誰かが故意に暴力事件などを起こしたり、それを、そのどこかの誰かが、MSMなどを使って、過度に煽ったり、大きな争いにしたり、誰かの推測を、まるで事実であるかの様に情報拡散したりして、あらゆるところにたくさんの火種をあえて作ることまでします。なぜその様なことをするのかというと、お互いを対立させて、その両方に武器を売り、利益を上げるのが目的の一つだからです。言葉はキツイかもしれませんが、この様なことができる人達は完全に狂ってます。この様な人達の巧妙な策に乗らない様にするには、日頃から周りに気をつけて、何かしらの策に気付いたら、自分の直感に基づいて、嫌なら受け入れない様にすればいいのです。つまり、特定の人やグループに権力が集中しそうだと感じたら、そうならない様に対策を講じていくしかありません。例えば、特権階級、政治家、公務員、特定の個人などの動向に、日頃から注意しながら、いつも自分の心の本音を自覚しておき、それを大事にし、どこかの誰かの煽りに従わない様にするのが非常に効果的だと思います。つまり、自分軸を持つということです。
その為にも、私達人間は、一人一人、自分の本質を知ること、お互いの、また世の中の調和を保つことを意識することが大切だと思います。たぶん、これが共存、共栄、共生を実現する唯一の方法なのだと思います。
この様な権力大好きチームが繰り広げてきたこの世の争いは、死んであの世に持って行けないものばかりを手に入れようと、またそれらを独占しようする為に争っています。非常に愚かなことだと思います。この権力大好きチームのレベルに意識を置いている人達が、自分達がやっていることは違うと気付いて、この人達の意識の置き場所を、自ら変えない限り平和にはならないということです。私が思うに、人の言葉や行為だけでは、それが、その人の本心なのか、そうでないのかは、よく見極めないと分かりません。どこかの誰かは、その思いを悟られまいとして都合のいい嘘をつきます。だから、私達人間は、その様なことをする人達も含めて、一人一人の意識の置き場所を自ら変えなければ、決して、共存、共栄、共生などはできず、いつまで経っても平和にはならないということです。平和への道は、一人一人が自ら実現するという意思を持つことから始まります。
自分の本質を知るとは、私達人間は何ものなのかを知るということです。それを知ると知らないとでは、それぞれの思いや行動が全く違ってしまうと思います。だから、一人一人が、自分の本質を知ろうとする継続的努力が大事になります。これが基本になると思います。
では、私達人間の本質とは何でしょうか。それは、命そのものだということです。そんなのあたりまえと思うかもしれません。また、一方で、命を否定する人もいないのではないかと思います。しかし、自分の本質を命と自覚している人はどれくらいいるでしょうか。もしかしたら、自分の本質は肉体と思っている人の方が多いのではないでしょうか。命は、すべてを生かしている唯一実在の永久不滅の存在だということです。肉体は今生限りの期間限定の物です。皆さんは、それが無くなったら、つまり死んだら、それと同時に自分の意識も無くなると思いますか。ここのところをどの様に自覚するかが一番大切なことだと思います。つまり、私達人間は、肉体死したらすべて終わり、と認識している人と、永久不滅の命が自分の本質と認識している人とでは、日々の思い、言葉、行為がかなり違うものになるということです。だから、命そのものを実際に感じ、直接感じることが必要なのだと思います。そのやり方は様々なものがある様です。明想というのが、その方法の一つですが、ある人は、本質が命で永久不滅などということには懐疑的だったそうです。しかし、何十年後に実際に感じるに及んで、つまり実感したことで、本当に自分の本質は永久不滅の命、無限意識であったと言ってたそうです。やはり実感するには、コツコツと努力し続けることが必要な様です。いずれにしても、私達人間の本質が永久不滅の命、無限意識だと受け入れられる人が増えれば増えるほど、共存、共栄、共生が可能になるのだと思います。やはり、一人一人が、責任を持って自分を変えるしかなさそうです。
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