特別感、分離意識
上級国民という言葉がかなり定着した感があります。
日本でも、今に始まった話ではなく、明治以降の体制で見えない階級制度の元に今に至っています。旧帝国大学は官僚養成学校という事をきちんと把握している人も少ないのではないでしょうか?物事には、何でも陰陽があります。単純に良い悪いではないです。ある物事を判断する材料として、両方把握しておいた方が良いと思います。複数の視点という意味です。それからの判断はそれぞれの好き嫌いでどうぞという感じです。
具体的例として、特権階級の人が一般の人を自分の階級に誘っている話があります。アメリカの映画監督のアーロン・ルッソのインタビューをもう何年も前に見て、そんなこともあるのか、そんな特権あったら良いななんてその時は不覚にも思ってしまった私です。彼の話によると、街中で警察にある事で捕まったとします。その警官にあるカードを見せると何でも無罪放免になるという話でした。凄いと思いませんか。そんな特権階級が今の世の中にあるなんて、その時初めて知りました。CFRという組織の名前を挙げてました。まあ有名ですが。そのお誘いを監督はお断りしました。その直後、その監督は交通事故で亡くなりました。またお決まりですね。まったく人の命をなんだと思っているのでしょうか。監督のインタビューを挙げておきます。因みに日本にもあります。なぜか無罪になっちゃっている階級が、今も。司法、立法、行政が崩壊してます。仲間内でやっちゃえば、何でも有りですわね。この前の池袋の交通事故の初期段階で誰が現場に来たか調べると興味深いですよ。いやー凄い、の一言です。
日本では、第二次世界大戦時の高級官僚の実態を詳しく書いた、小室直樹さんの本を例に挙げておきます。一度読んでみてください。まあ、凄いですから。彼らは自分達を別次元に置いているのがよく分かります。一言、信じられません、という感じです。同じ日本人なのに、なんとも思わないの?って感じです。要するに、人間はどの様にでもなる、のです。この現実は認識しないといけないと思います。ある、という現実を。つまり今生で、極闇から光の間のどこの役を選んだのかということでしょうか?必要な事なのでしょう。もう十分学んだのでのはないでしょうか。そう感じる人は別の世界に行くのでしょう。まだ、と思う人はそれなりの世界で再度何回か繰り返すのでしょう。
どの世界を選ぶのかは自由です。
その時好きなのを選べば良いのです。実は、魂が選択します。間違いはないです。そして、それが今の自分の次元という事なのでしょう。そこを意識してやるか、よく分からずやるかが重要なのかもしれません。いずれにしても経験ですからポジティブにやりたいものです。避けると何度でも繰り返す事になるのでしょうから。そして、ある次元まで行ったら、もうここには転生しないのでしょうね。ある意味辛すぎる部分がありますから。もう、分かりました、ってことです。興味が尽きません。
いずれにしても、大きく世界が変わるのは間違いなさそうですから、大切なのは、どれを選ぶかです。
また言っちゃいますが、自分軸が大事です。
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